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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1369号 判決

原告 有限会社 黒佐建具製作所

右代表者代表取締役 黒佐耕一

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 土屋博昭

被告 東芝クレジット株式会社

右代表者代表取締役 増田武雄

右訴訟代理人弁護士 早瀬真

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  本件につき当裁判所が昭和六〇年二月二〇日になした強制執行停止決定はこれを取り消す。

四  この判決は、前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告から原告らに対する東京法務局所属公証人豊水道祐昭和五八年八月一二日作成同年第五一四二号リース契約公正証書に基づく強制執行は許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文一、二項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (公正証書の存在)

原告らと被告の間には、原告有限会社黒佐建具製作所(以下「原告会社」という。)を債務者とし、原告黒佐耕一(以下「原告黒佐」という。)を連帯保証人とし、被告を債権者とする左記のリース契約(以下「本件リース契約」という。)を内容とする東京法務局所属公証人豊水道祐作成昭和五八年八月一二日作成同年第五一四二号リース契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が存在する。

(一) 被告は、原告会社に、昭和五八年六月一五日、リース期間を同五八年六月一五日から同六三年六月一四日までと定めて、イトー式ブリケットマシンMF―二〇(以下「本件機械」という。)一台をリース料総額金五〇一万円で原告会社にリースした。

(二) 右リース料の支払方法は右の期間中月額八万三五〇〇円を毎月七日限り支払う(但し、初回は、右契約日に本件機械の引渡しと同時に支払う。)。

(三) 原告会社がリース料の支払いを一回でも怠ったときは、被告は何の通知催告もなしに本件リース契約を解除することができる。

(四) 被告が(三)により本件リース契約を解除したときは、原告会社はリース料残額を損害賠償として直ちに被告に支払う。

(五) 原告会社が本件リース契約に基づく債務の返済を遅延した場合には、返済日の翌日から完済まで年一五パーセントの割合による遅延損害金並びに督促費用として督促に要した実費および訪問回数一回につき金一〇〇〇円を別に支払う。

(六) 連帯保証人原告黒佐は、本件リース契約から生じる一切の債務の履行について原告会社と連帯して保証する。

(七) 原告らは、被告に対する本件リース契約上の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行に服することを認諾する。

被告は原告らが昭和五九年四月分以降のリース料の支払いをしないことを理由に昭和五九年一一月九日到達の書面により原告会社に対して右契約を解除し、リース料残額金四一七万五〇〇〇円の損害賠償の請求をし、本件公正証書について執行文の付与を受けた。

2  (異議事由)

(一) 原告会社による本件リース契約の解除

本件リース契約は、単なる金融を目的とするものではなく、賃貸借契約の実質を有するものであるから、被告は、本件機械を稼働できる完全な状態で原告会社に引き渡すべき契約上の義務があるところ、被告はその完全な引渡しをしないので、原告会社は被告に対し、本件機械引渡債務の不履行を理由として、昭和五九年一一月二一日到達の内容証明郵便により、本件リース契約を解除する旨の意思表示をした。本件機械は、稼働しない状態のまま契約当時から原告会社に置かれてあるが、その完全な引渡しがないとすべき事情は次のとおりである。

(1) 原告会社は建具製作を業としているところ、昭和五八年四月中旬ころ、訴外株式会社イトーファーネス(以下「訴外イトー」という。)の代表取締役伊東秋雄及び被告会社の営業担当者小山英之が、訴外イトーの製作にかかる本件機械(鉋屑を連続的に圧縮して固型燃料を作る機械)を原告会社に搬入して、リース契約を締結するよう勧誘した。

(2) しかし、試運転したところ正常に稼働しないので、原告会社は機械の調整が完成し完全に稼働するようになるまで契約を見合せることにした。その後右伊東及び小山は本件機械を原告会社に置いたまま度々原告会社に来て本件機械の調整修理をしていたが、完成するには至らなかった。

(3) ところが、昭和五八年六月右両名が原告会社に対し、本件機械は本来極めて優秀なものであり、今後その販売を訴外丸紅機械販売株式会社(以下「訴外丸紅機械」という。)が継続して一手に取り扱うことになること、本件取引についても訴外イトーと被告との間に訴外丸紅機械を介在させ、製作者である訴外イトーから訴外丸紅機械に、訴外丸紅機械から被告に順次機械を売り渡しこれを原告会社にリースすることになること、訴外丸紅機械は信用のある大会社であるから必ず本件機械を完全なものに調整完成させ、原告らには迷惑をかけないこと、などを告げてリース契約の締結を懇請したので、原告らはその言を信じて本件契約を締結したものである。したがって、被告の営業担当者と原告らとの間では、遠からず本件機械を完成させることが本件契約の内容として暗黙に合意されていたというべきである。

(4) ところが、本件契約締結後も、右伊東及び被告の営業担当者小山が度々原告会社に来て本件機械の修理調整をしていたが完成させることができず、同年八月ころには訴外イトーが本件機械の心臓部ともいうべきピストン部分を修理のため持ち帰った。

(5) そこで、そのころ原告会社は、被告及び訴外イトーに対し度々本件機械を早く完成させるよう求め、遅くとも同年一〇月中に完成させなければ本件契約を解除する旨催告したが、右持ち帰ったピストン部分は返還されず、今日まで本件機械は未完成のままであるため、原告会社は、銀行自動振替による昭和五九年四月分以降のリース料の支払いを停止した上、前記のとおり本件契約解除の意思表示をしたのである。

(二) 要素の錯誤

原告らは、訴外イトー及び被告の営業担当者の説明により本件機械が遠からず完成されるものと信じて本件契約を締結したものであるところ、訴外イトーが本件機械の部品を持ち帰り長期間調整したはずであるのに結局完成できなかった経緯を見れば、本件機械は、本件契約締結時において既に客観的には修理不能の重大な欠陥を有していたというべきであるから、本件契約にはその要素に錯誤があり、無効である。

(三) 同時履行の抗弁権

本件リース契約の内容、性質及び前記経緯により、原告らは、本件機械の賃貸人たる被告が本件機械を完全な状態で引き渡すまで本件リース料の支払いを拒むものである。

(四) 権利濫用

また、被告の営業担当者小山が、契約当初から製作者である訴外イトーと一体となって本件契約の締結を勧誘し、かつ、本件機械が未完成であることを十分承知の上でその完成を保証して本件契約を締結させた前記事情の下で、本件機械が未完成であるのに被告が原告に対し本件リース料残額金四一七万五〇〇〇円(総額五〇一万円中八三万五〇〇〇円は支払いずみ。なお、被告が訴外丸紅機械に支払った本件機械の代金は金三八六万五〇〇〇円であり、昭和五八年六月起算支払期日まで九〇日の右額面金額の約束手形による支払いである。)の全額の支払いを求めることは、信義則に反し、又は権利の濫用である。

よって、原告らには、本件公正証書に基づいて被告に金銭の支払いをすべき義務はないから、本件公正証書の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の前文中、原告会社が被告に対し本件契約解除の意思表示をしたこと及び本件機械が契約当時から原告会社に置かれていることは認め、その余の事実は否認する。

本件リース契約は、原告会社が本件機械を製作者である訴外イトーないし後に売主となった訴外丸紅機械から購入するについてその代金を一時に支払う資力がなかったため、金融、信用供与を業とする被告から代金相当額の融資を受けることを実質的な目的として締結されたいわゆるファイナンスリース契約であって、契約上は、訴外イトーから訴外丸紅機械へ、訴外丸紅機械から被告へ順次本件機械を売渡しの上、被告が原告会社に賃貸(リース)する形式をとっているものの、本件機械の性状、代金等についてはすべて売主たる訴外イトー及び後に訴外丸紅機械と原告会社との間で話合い、決定され、被告は実質購入主であり機械使用者たる原告会社と売主からのクレジット設定の申込みを受けて、右代金決済のためこれに信用供与しクレジットの設定をしたに過ぎない。もともと金融を業とし物品の製作製造には全くかかわらない被告は機械についての知識は何ら持ち合わせず、従ってその修理調整能力もあろうはずがなく、だからこそ、後記のとおり契約条項において瑕疵担保責任の免除、使用保全等に関し詳細な特約を定めたのである。したがって被告には引渡しを完了した機械の完全性について責任はなく、被告が本件機械の完全性について保証を得たいのであれば、本件リース契約の特約に従い、リース契約とは別に訴外丸紅機械と保守契約を結ぶべきであった。

同2(一)の(1)のうち、訴外イトーの代表取締役伊東秋雄が同社製作にかかる本件機械(原告ら主張の機能どおりの)を原告会社に搬入したことは認め、その余の事実は否認する。

同2(一)の(2)の事実は否認ないし不知。但し、本件機械の試運転中正常に稼働しない時もあったこと、及び原告会社側が機械が正常に稼働するようになってから契約を締結したい旨述べていたこともあったことの限度においては認める。

同2(一)の(3)のうち、本件取引の途中から訴外丸紅機械が訴外イトーと被告の間に入り、原告ら主張の取引形態をとることになったことは認めるが、その余の事実は否認ないし不知。

同2(一)の(4)のうち、訴外イトーが本件機械の一部を修理のため持ち帰ったことは認め、その余の事実は否認ないし不知。

同2(一)の(5)のうち、昭和五八年秋ころ原告会社から被告に対し、電話で、「困っている。暫定的に支払いを止める。」旨の申入れがあり、昭和五九年四月分以降のリース料の支払いを停止し、その後本件リース契約解除の意思表示があったことは認め、その余の事実は否認ないし不知。

3  同2(二)は否認する。

原告らは、本件機械に多少の難点があることを十分承知の上で、訴外イトーの代表者伊東秋雄との個人的な信頼関係から本件機械の改善、補修に希望を持ち、また大手会社である売主の訴外丸紅機械に対する信頼、更には、従来原告会社では木工過程で生じる木屑の処理に費用を要していたのが逆に利益を生むことの効用に期待して契約に踏み切ったものであり、その後訴外イトーが倒産したため補修できなかったに過ぎない。また、本件機械が修理不能であるとはいえない。

4  同2(三)は争う。

5  同2(四)のうち、本件リース料の残額、原告会社のリース料既払額及び被告の訴外丸紅機械に対する代金額と支払方法は認め、その余は争う。

三  抗弁

本件リース契約においては次の特約があり、被告には本件機械の引渡し及びその瑕疵についての債務不履行はないから、原告会社の解除の意思表示はその効力を生じない。

1  物件の引渡しに関する特約

(一) 「原告会社は、本件機械の引渡しを受けた後、昭和五八年六月一五日の検査期限までに引渡場所である原告会社において、原告会社及び被告又は被告の代理人立会いのもとに本件機械を検査し、検査完了次第直ちに被告に対し「物件借受証」を交付する。この物件借受証を交付したことにより、本件機械の引渡しは完了したものとする。」

そして、本件リース契約日であり検査期限である昭和五八年六月一五日に、原告会社は前もって搬入されていた本件機械について右特約に基づく検査をした上被告に対し「物件借受証」を交付したので、被告は本件機械の引渡しを完了した。

(二) 「本件機械の引渡しは、売主たる訴外丸紅機械と原告会社の責任において行うものとし、被告は被告の責任によらないその引渡しの遅延、不能についてはその責を負わない。」

2  物件の瑕疵に関する特約

(一) 「本件機械引渡しの時、これに瑕疵があるときは、原告会社は遅滞なく書面で被告に通知するものとし、その通知がなかったときは本件機械は完全な状態で引き渡されたものとみなす。」

そして、本件機械引渡しの時、原告会社から右の書面による通知はなかった。

(二) 「前項の瑕疵又は引渡しの時すぐわからない隠れた瑕疵があったときは、被告は本件機械の売主たる訴外丸紅機械に対する被告の請求権を原告会社に譲渡し、被告は原告会社に対する責任を負わない。但し、被告は原告会社の売主に対する権利の行使について協力するものとする。」

そして、本件リース契約締結後本件機械が動かないとの原告会社の苦情に対し、被告は訴外丸紅機械に補修の請求をするように伝え、現に訴外丸紅機械も原告会社に足を運んで補修の申出をしたが、原告はこの申出を拒否し、信頼する訴外イトーに補修を頼み、本件機械の部品を預けたのである。

(三) 「右(一)、(二)の各場合にも、原告会社は本件リース契約を変更、解除することはできない。」

3  物件の使用保全に関する特約

(一) 「原告会社は、本件機械についての保管、維持、修理の責任を負い、そのための部品の取替、本件機械の補修、修理、定期又は不定期の検査、その他の一切の処置を行い、その費用を負担する。但し、製造者のサービス保証制度による適用分については、その負担を免れる。」

(二) 「本件機械の保守サービスに関して、被告が必要と認めた場合、原告会社は売主たる訴外丸紅機械と保守契約を締結し、本件機械を保全するものとする。なお、その費用はすべて原告会社が負担する。」

そして、本件リース契約締結の際、被告と原告会社との間で、右(二)の保守契約については原告会社が別途訴外丸紅機械との間で定めることが合意されていたのに、原告会社が右保守契約を締結しなかったのである。

四  抗弁に対する認否

本件リース契約において、被告主張の物件の引渡し、物件の瑕疵及び物件の使用保全に関する各特約があったことは認めるが、右各特約該当の主張事実は、すべて争う。

五  再抗弁

被告主張の各特約は、被告が用意した不動文字によるものであり、契約の際被告側から何らの説明もなかった。他方、被告は本件機械が未完成であることを知悉していたのであるから、このような事実関係のもとで本件機械の瑕疵に関し被告が全く責任を負わず、専ら原告らにその危険を負担させる趣旨の約款を援用することは、信義則に反し、権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

原告らの再抗弁の事実は争う。

第三《省略》

理由

一  請求原因1の本件公正証書の存在と、本件リース契約成立の事実及び同2のうち、訴外イトー製作にかかる本件機械(原告会社の建具製作過程で生じる鉋屑を固型燃料に圧縮する機械)は、本件リース契約成立当初から原告会社に搬入されているが、原告会社は昭和五九年一一月二一日被告に対し本件機械引渡債務の不履行を理由として契約解除の意思表示をした事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告らは、本件機械は契約当初から正常に稼働しない不完全なものであり、被告は本件リース契約に当たってその完成を保証したのに契約後も不完全なままであるから、本件機械の引渡しがなかったものとみるべきであると主張するのに対し、被告は、本件リース契約には、物件引渡しの特約、瑕疵担保責任免除の特約及び物件の使用保全に関する特約があり、原告会社が被告に物件借受証を交付している以上、被告に債務不履行はないと抗弁するので、判断する。

1  本件リース契約において、被告が抗弁1ないし3において主張する本件機械の引渡し、瑕疵及び使用保全に関する各特約があったことは、当事者間に争いがなく、前記一の当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  昭和五八年二月ころ、原告会社に対し、以前から取引関係のあった訴外イトーから開発後間もない本件機械の売込みの話が持ち込まれた。原告会社で専ら本件機械の取引に関与し契約書の調印を代行したのは、原告黒佐耕一の妻で原告会社の経理事務等を担当する黒佐敬子であったが、同女が買いたいが資金がないと述べたところ、訴外会社から、クレジット会社から資金を借りて購入代金を支払うことができるとして被告を紹介された。そして、同年四月末ないし五月初めころ、試運転のため訴外イトーから原告会社に本件機械が搬入され(被告の担当者は立ち合っていない。)、訴外イトーの担当者がその据付、調整に当たったが、同機はしばらく動くと止まるという状態で正常に稼働しなかったため、原告会社は契約締結を見合わせていた(本件機械が右調整中完全に稼働しなかったことについては、当事者間に争いがない。)。その後、訴外イトーは、買主となるべき被告からの本件機械の代金決済が三か月先の約束手形によるなど不満足であったため、訴外丸紅機械を第一次買主として被告との間に介在させるよう話を進め、本件機械搬入のころ原告会社と被告にその旨を伝えて契約形態についてのそれぞれの了解を得た。

(二)  他方、被告は、昭和五八年四月初めころ訴外イトーから、原告会社に購入資金がないため、本件機械を製作者の訴外イトーから被告が買い受け、これを原告会社にリースする取引の申込みを受け、原告会社の信用調査をし、担当者の小山英之が本件機械搬入の前後数回にわたって原告会社を訪ね交渉をしたが、小山は、原告会社の黒佐敬子から本件機械が故障がちであることを聞き、また訴外イトーの本件機械調整中に原告会社で出会わせたこともあって、むしろ黒佐敬子に対しては契約は慎重に、納得の上で調印するよう勧めていた。

(三)  本件リース契約の調印の直前に至り、本件機械が比較的順調に半日程度連続稼働するに至り、訴外イトーは被告に契約の締結を求め、被告の担当者小山も原告会社に調印を求めて、昭和五八年六月一五日、被告と原告会社との本件リース契約が締結され、同時に訴外イトーと訴外丸紅機械、訴外丸紅機械と被告との本件リース物件に関する各売買契約が締結され、同年八月一二日本件公正証書が作成された(なお、訴外イトーの代表取締役伊東秋雄も原告黒佐耕一とともに本件リース契約の連帯保証人となった。)。

本件リース契約締結の際、原告会社では本件機械が正常に稼働するかどうかについて不安はあったものの、訴外イトーの担当者から完全に直るとの話があり、調印直前には現に半日程度連続稼働したこと、更には、大手の訴外丸紅機械が売主として介在する以上、本件機械の性能について責任を持ってくれるであろうとの見込みの下に調印し、同日、本件リース契約に基づき本件機械の立会検査を経たものとして被告あてに本件機械の引渡しがあったことを認める趣旨の「物件借受証」を交付した。

他方被告は、被告と丸紅機械との間では物件の瑕疵及び保守サービスについては訴外丸紅機械が責任を負う旨を合意し、かつ、原告会社との間では、本件リース契約において、本件機械の瑕疵については被告は責任を負わず、被告の訴外丸紅機械に対する請求権を原告会社に譲渡する旨及び保守サービスに関しては別途原告会社と訴外丸紅機械との間で保守契約を締結する旨の前記特約を交していたところ、被告の担当者小山は、契約調印当時なお本件機械の完全な作動について若干の不安は持っていたが、故障があれば訴外丸紅機械が訴外イトーに補修させるなどして処理されるであろうと考えていたのであり、被告が原告会社に対して本件機械の性能や原告会社の損害について保証する趣旨の話は一切なかった。そして、被告は本件リース契約締結後、訴外丸紅機械に対し、当初訴外イトーと被告間で交渉された本件機械代金と同額の金三八六万五〇〇〇円の代金を約束手形により支払った(右支払代金と支払方法は、当事者間に争いがない。)。

(四)  本件契約成立後も本件機械は正常に稼働しなかったが、原告会社では、最終責任はともかく機械の故障に関しては製作者である訴外イトーに任せるほかないものと考えて訴外丸紅機械との保守契約を締結しなかった。そして、訴外イトーの担当者が補修、調整に努力していたが、「訴外イトーは同年八月ころ本件機械の心臓部に当たる部品を修理のために持ち帰ったまま」(かっこ内は当事者間に争いがない。)その後倒産して連絡がとれなくなった。原告会社は、そのころから被告に本件機械が作動しないことについて苦情を述べ、本件リース料の支払いを一時止める意向を伝えたところ、被告は訴外丸紅機械と交渉するよう回答した。そして、原告会社は、被告の協力により同年一〇月ころ以降訴外丸紅機械の担当者と本件機械の補修について話し合ったが、条件が合わず物別れに終り、「原告会社は、昭和五九年四月分以降のリース料の支払いを差し止めた」ところ(かっこ内は当事者間に争いがない。)、被告は同年一一月九日、原告らの右不払いを理由に本件リース契約を解除して、リース料残金に相当する違約損害金の支払いを求めたのに対し、原告会社は前記のとおり同年一一月二一日被告の債務不履行を理由として本件リース契約解除の意思表示をした。以上のとおり認められる。

2  右認定の事実関係によれば、本件機械は正常に稼働しない状態ながら本件リース契約成立前から原告会社に搬入されており、原告会社は本件機械の正常な稼働について不安を持ちながらも被告に対してその引渡しを認める趣旨の「物件借受証」を特段の異議を留めることなく交付しているのであるから、被告の引渡義務は一応履行されたものと認められるのみならず、本件リース契約締結に至る経緯と同契約におけるリース料支払方法等の契約内容、前記物件引渡しに関する特約、被告の瑕疵担保免除の特約、本件機械の保守に関しては別途訴外丸紅機械と保守契約を結ぶ旨の特約等からすれば、本件リース契約はいわゆるファイナンス・リース契約であり、その実質は原告会社の本件機械購入資金の供与を目的とした金融であって、本件リース料は被告の訴外丸紅機械への代金の支払いによる信用供与と対価関係にあり本件機械の使用と対価関係にないというべく、原告会社は被告に対し、本件機械の瑕疵ないし引渡しのないことを理由に本件リース契約を解除することはできないといわなければならない。

3  原告らは、本件において被告が前記被告の瑕疵担保責任免除等の特約を援用することは信義則に反し権利の濫用であると主張する。しかし、証人黒佐敬子の、同女が本件契約書の内容は読まなかったとか注意を払わなかったとかの証言及び被告の担当者小山も本件契約締結の前後を通じて本件機械が完全に稼働しないことを知り、又は将来とも不安があると考えていたとの事実をもってしても、被告が原告会社に本件機械の性能について保証したことがない等の前認定の事実関係のもとでは、原告らの右主張を認めるには足りず、他にこれを認めるべき証拠はない。

したがって、原告会社のした本件リース契約解除の意思表示は、その効力を生じない。

三  原告らは、本件契約に要素の錯誤があったと主張するが、前認定の事実に照らせば、本件機械は契約成立後も補修調整の必要があることが双方で認識されていたものの、契約直前には半日ほど連続稼働する程度にはいったん調整ができていたものであり、訴外イトーの倒産がなくても客観的に修理不能であったことを認めるべき証拠はないから、原告らに見込み違いがあったとしても、これをもって本件リース契約を無効とすることはできない。

四  原告らは、同時履行の抗弁権を主張するが、前認定の事実によれば、本件機械の使用とリース料の支払いには対価関係はないのみならず、被告は物件引渡し義務を完了しており、かつその瑕疵につき責任を負わない旨の特約がある以上、被告の義務は尽されているというべきであるから、原告らの右主張も理由がなく、また原告らの権利濫用の主張事実についても、前記二の3判示のとおり、これを認めるべき証拠がない。

五  よって、本件公正証書に表示された金銭支払義務がないとしてその執行力の排除を求める原告らの本訴請求はすべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、強制執行停止決定の取消しとその仮執行の宣言につき民事執行法三七条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井史男)

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